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音楽全般、とくにk-pop(神話/SHINHWA)をはじめ、もろもろ話題でまったりと。どなたでもおこしやす。


by gaaco
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ひさびさに、であえた!

ひさびさに、であえた!_e0006314_19573335.jpg
ジャン・マルク・ルイサダ。

呪文ではありません。
フランスのピアニスト。



NHK教育「スーパー・ピアノレッスン」が好きでよく見ています
(毎週火曜・夜19:25~)
ピアニストをめざす生徒が本職のピアニストに教えてもらうという設定。



.
.
■2台ともほんとに同じピアノなのか
毎週とある1曲を題材に、レッスンは行われます。

ピアノが先生に1台、生徒に1台、隣り合わせにセッティングされている。
同じピアノが2台並んでるのに、生徒と先生とでは奏でる音が全く違う。
これがピアノのおもしろさかなぁとおもってみつづけてしまうんですが、

冒頭の、ジャン・マルク・ルイサダ。
ひさびさに、出会えました。

琴線に響くピアニスト。
もう、びびびーーーっと来ました、来ました、来ました!!

音楽は、個人個人がどうおもうかですが、
わたしはこの、るいさださんに、ひと聴き惚れしました。

  高い技術を持ってるのに技巧に自己陶酔してしまわないタイプ。
  ありきたりな演奏ではなく自分なりの解釈をふんだんにいれられる演奏家。
  それゆえ独特の癖があるとも思われリスナーの好き好きわかれるかも。

  一見、自らの解釈で自由奔放に弾きまくっているようにみえるけど
  じつは楽譜を精読し作曲者の意図を最大限汲みとろうとしてるタイプのようにも。


日本でリサイタルひらくことがあれば
馳せ参じて、聴いてみたいとおもいます。

こう思ったピアニストは、いまは亡き名ピアニスト
ウラディミール・ホロヴィッツ以来...。


■"壊れかけた骨董品"と称された孤高の天才ホロヴィッツ
晩年にホロヴィッツが来日リサイタルを開いたとき私は学生だったのだけど、
親に数万のチケット代をだしてもらってサントリー・ホールへ聴きにいきました。
大枚はたいてもらって恐縮だったけど、ほんとに行ってよかったです。
リサイタルが終わって気づいたら手が痺れるほど拍手していました。

でもこのリサイタル、彼ももう晩年、82歳ちかくでミスタッチも多かったので、
とある音楽評論家からは酷評されてました。「壊れかけた骨董品」とか。

でも そういう加齢的なものからくる技術的なミスとかどうでもいいくらいに
年齢を重ねさまざまな経験からくる表現力が円熟味を増し本当にすばらしかったです。

このときはじめて、評論家って酷な仕事~。とおもいました。
音楽を理論づけたり結論づけたりするのって不自然ではないかと。
(音楽大学の授業でとりいれられる「音楽理論」の「理論」とはまた違う)
かといって褒めっぱなしがよいかといえばそれもまた違うけど。


  敬愛するホロヴィッツは、わたしが大学生のときに亡くなってしまいました。
  新聞記事で知って、とてもショックだったのを今でも覚えています。
  彼のピアノを、もう生で聴けないのがとても残念です。


るいさださんは、まだ生きている・・・んだよね?たぶん。
生きてるうちに、絶対に、リサイタルに行くぞー!


以下、余談。

  ちょっとどうでもいい話題ですが、
  ホロヴィッツはホ○?ではないかという噂がありました。
  ルイサダさんも見かけはちょっと、ホ○っぽい。

  著名な天才肌の芸術家は変わり者と噂されてしまう人が多い。
  すこし一般常識とかけはなれてたり(あまり周りを気にしない)
  年齢不相応に幼稚だったり(いいかえれば無邪気)
  日常生活に支障をきたしてしまうくらい神経質なところがあったり。

  でもそんな一面もあるからこそ芸術家として大成したってのもあるでしょうね...

  本人は、そんなじぶんをもてあましたり、生きるのがつらかったり
  (あるいは楽しかったり)するのでしょうが、

  凡人には感じることのない、苦悩やつらさ、あるいは楽しさが
  本人の中に蓄積され、それが音楽(あるいは絵画、造形)へ
  ばばーんと噴出するというか。

  岡本太郎の名言 「芸術は爆発だ」
  こういうことを指してるのかわかりません・・・

  →で、調べてみた。

  「爆発というと、みんなドカーンと音がして、物が飛び散ったり、壊れたり、
   (中略)
   僕の爆発はそういうんじゃないんだ。
   音もなく、宇宙に向かって精神が、命がぱあっとひらく。無条件に。
   それが爆発だ。」


  と、岡本太郎は言っている。


  うーん、やっぱりわからん。(T_T

  でも、「音もなく、精神が、ぱぁっとひらく」ってくだりについては、
  すこしだけ、ほんのすこしだけ、感覚的にわかるような気もする。

  全くの凡人の私ですが ピアノをやってたころ
  定期的に開かれる発表会などで聴衆の前で弾く機会がありました。

  壇上に出るまでは緊張して足ががくがくふるえたりするのに
  ピアノの前に座り第一音を弾き始めると、なにも余計なことを考えず
  演奏だけに集中できる瞬間へと、スイッチがきりかわります。

  その瞬間、自分と外側との境界線がなくなるっていうか
  自分の中身が外に溶け出してるみたいというか・・・
  浮遊してる感覚です。固体じゃなくなってるというか。

  こういうこと書くときもちわるいって思う人いるかもしれないけど
  そんな感覚ありました。けっこう気持ちいいのです、これが。

  集中できてるときのみにやってくる感覚かとおもう。
  左脳は全くつかわず右脳だけで活動してる瞬間というか。
  (実際はそんなことありえないんだけど)


  音楽では、本番に、こういう浮遊モードに自然ときりかわるし、
  弾いてるときはあれやこれや余計なこと考えたりしないんですが

  テニスではからきしだめです、私。
  試合中とか本番中にそういう瞬間が訪れたことっていまだかつてない。

  無我の境地にはいるというんでしょうか、
  テニスでもいちどでいいのでそうなってみたいです。


  ・・・あれ、余談のほうが、本編より長いんじゃないか。(爆


■関連サイト
NHK教育・『スーパー・ピアノレッスン』のサイト
スーパーピアノレッスンをテキストで
by gaaco127 | 2005-08-23 20:00 | ★ Music(K-pop etc.)